累積上昇高度を稼ぐ練習

練習トレイルラン

普段の練習だと登りが足りないので、登り下りがきついTransgrancanariaに向けて丘陵地帯での練習を取り入れました。

場所はロンドンから電車で40分ほど、サリー州にあるボックスヒル(Box Hill)。ここはコンパクトな丘でありながらそれなりにアップダウンがあるので効率よく高度差を稼ぐ練習ができます。地形感、都心からの距離感でいうと八王子とか高尾あたりがイメージ的に近いかな。

丘の頂上にはカンティーンもあるので紅茶、コーヒー、軽食も取れるのもポイント大。適当に休みつつ、全行程2時間半。

Total distance: 14470 m
Total climbing: 833 m

根をつめて走り回ったほうが良かったかなというのはありますが、ブログの写真も撮らないといけないし、それに今日は年末のお休み初日(なのでのんびりしたい)。言い訳は山ほどあるので甘えました。

Box Hillは丘トレーニングの名所

Farnhamという町から始まり、あのドーバー海峡のドーバーまでをつなぐNorth Downs Way(ノースダウンズウェイ)という道の一部で、公園としての施設も極めて充実しています。

何と言っても400万人以上の会員がいる景観保護団体のNational Trustの管理下にあるというのが大きい。

North Downs Wayの典型的な風景

ボックスヒルが良いのは、コース設定の自由度が高いこと。今日の練習のうち、ドーキング駅からボックスヒルまでの平坦な国道A24号線の往復3kmを除いた10kmの区間を取り上げると、この間の累積上昇高度は770メートル。距離対比で累積が高い。

これでも「おお!すごい密度だ!」という十分満足できるコースですが、最初の区間をちょっと工夫してルートをシャッフルすれば同じ10kmの区間でも累積で1000メートルは行けると思います。

100マイラー(100マイル、160kmのレース)、60マイラー(100km)の本番レースでも、この密度感で登りがあるレースはそうそうありません。

このコースで練習を積めば、それなりに効果はあると期待。通える範囲内で、~1,000メートル程度の累積上昇高度を稼げる密度の高いコースを見つけられると、練習の幅が広がって、レースに向けて工夫しやすいですね。

ちなみに、この環境ならさもありなんという感じですが、サロモンが10キロのshort trailのイベントを開催するし、North Downs Wayを丸々使った100マイラーのNorth Downs Way 100もこのBox Hillを通ります。

NDW100は数少ないWestern Statesの資格認証レースなので、僕も2018年のレースにエントリー済みです。こちらの写真はBox Hillの入り口の一つ、Stepping Stonesから。

100年前は大英帝国の最終防衛線

その昔、と言っても1800年代の後半なので実は100年ちょっと前の話ですが、この丘は大英帝国の最終防衛線でした。当時の主敵はドイツでもロシアでもなくて、なんとフランス。

当時の時代背景としては、大英帝国は世界中に植民地を経営、ザ絶頂期」であった一方で、手広くやりすぎて、軍隊から何まですべてが「伸びきった」状態、本国は無防備なままでした。

そこに産業革命の波が大陸欧州にもおしよせ、隣国のフランスも海軍の近代化を図ります。

それまでは、木造ボートの海軍と、イギリスは鼻にもかけて居なかったフランスが、急に大型戦艦を擁して、ドーバー海峡をわたる力を付けたのですから、これはパラダイムシフトです。

海峡防衛を一切考えてこなかった当時のイギリスの当時の海岸線や首都ロンドンは無防備。

南イングランドにフランス軍が上陸した場合は、首都ロンドンはあっという間に陥落する可能性が高い。そして、ロンドンが陥落すれば、大英帝国そのものもオセロゲームのように続々と陥落する可能性がある、

というふうに当時のイギリス政府は考えました。

そこで、」急きょ立案されたのがロンドン・ディフェンス・シーム(ロンドン防衛計画)。ロンドンと海岸線の間にある丘に要塞を配置、その要塞をつないだ線上で塹壕戦をするという計画です。

そして、ボックスヒル要塞もその計画の一部でした。

第二次世界大戦の仏独戦で有名なマジノ線がイメージとしては近いです

ただ、予算も時間もないので、要塞と言っても武器庫・指揮所という様相。兵隊は丘の中腹なのか麓なのか、そこに塹壕を掘って応戦することを想定していたようです。

展望台からの眺めと要塞の遺構。1773年に風景画家のジョージ・ランバートが書いた絵のまま、今でも周囲に視界を遮るものが何も無いため、海岸線近くまで見通せるはずです

この様な使用方法を反映して、当時の正式名称は要塞ではなくロンドン・ディフェンス・ポジション(防衛陣地)、またはロンドン・モビライゼーション・センター(非常動員センター)でした。

つい100年前まではフランスと戦争をすることを真剣に考えていたなんて、ちょっと想像がつきません。

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練習トレイルラン

Posted by 千本ノック