クロスカントリー大国イギリスの社会派ランニング雑誌

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友人のすすめで購読することにしたイギリスのランニング雑誌、Like the Wind。

It’s not about how we run but why we runという副題にあるとおり、Runners Worldなど一般的なランニング雑誌とは一線を画す、一風変わった趣の季刊誌。ランナーが書き、編集しています。

掲載されている文章も写真もとても興味深い内容です。さすが、クロスカントリー大国イングランドのインディーズ系?ランニング雑誌です。

考えさせる内容のコラムがずらり

毎号、何かのテーマを設定して編集されていて、通常のランニングやトレイルレースの話だけではなくて、社会問題にも取り組んでいこうというユニークな切り口を提示してくれます。

今号は表紙をひとつめくると、ソマリア難民の子でイギリスを代表する若手詩人ワーザン・シャイアのこんな詩ではじまります。

home
no one leaves home unless
home is the mouth of shark

you only run for the border
when you see the whole city running as well

your neighbours running faster than you
breath bloody in their throats

the boy you went to school with
who kissed you dizzy behind the old tin factory
is holding a gun bigger than his body

you only leave home when home won’t let you stay

うーむ・・・・と、なっているところで、Somewhere to Run(どこか逃げる場所、どこか走る場所)という副題のついた見開き。

ボロボロのキットと子供の写真が印象的

なんだこれは?と思うような写真です。

It is widely reported that we are currently in the middle of the biggest refugee crisis since the Second World War. Millions of people have been displaced by conflict and all the consequence that go hand-in-hand with that.

Our cover takes a familiar image – pre race kit – and applies it to very different circumstances. When people are running to escape, not running for a personal best or bragging rights, they are often stripped back to bare essentials.

僕も生きるために逃げるときはこの上の写真のように、子供の写真なのか、よき時代の思い出なのか、そういう写真をパックに入れると思います。

今回のテーマは難民問題。

スイスで難民向けのランニングイベントを主催している人たちの話が最初の記事です。

View from Switzerland

スイスで難民向けのランニングプログラムを行っているサニー・シドゥとマリーナ・キュランというイギリス人の話。

スイスは今、エリトリアやアフガニスタン、それにイラクからの難民であふれかえっていて、彼らがどこに滞在するかというと、市営の防空壕の中だそうです。日中は追い出されて、寝泊りする防空壕に帰れるのは夕方5時か6時。その間は、あてどなくぶらぶらするか、ママアフリカというデイセンターで一日を過ごすことになります。

こんな期間がすぐに終るなら問題なし。でも、実際には難民申請のバックログは山のようにたまっていて、待ち時間、つまり自分の将来がどうなるか(難民申請が通るかどうか)分からない、不安な暮らしを一年以上も続けなければいけないという現実があるそうです。こんなことでは、当然ながらローカルコミュニティと融和するのも不可能。精神的に人間らしい暮らしをしているとはとても言えず、無理なことです。

そこでサニーとマリーナがやったのは、ママアフリカに出向いてランニングをしてみたい人を集めてみること。そこから、地元のスポーツセンターでの差別とかそういう問題に直面しつつも、ローザンヌで行われた10キロのレースでは、エリトリアからの3人がサブ40分でゴールするまでになります。

一緒にランニングを続けることで、一年以上という長い待ち時間の間、健康を維持して、前向きに努力し続けることが出来るだけの精神状態を維持する助けには慣れたのではないかということです。実際、難民の許可が下りるにはフランス語も出来るようにならなければいけないし、安住の地を得るためにやらなければいけないことは山ほどあって、生活環境とあわせて考えれば並大抵の努力ではできないことです。

ランニングっていうと、自分のPBだとか、自分の健康維持だとかそういうことばかりに目が行きがちですが、一歩下がって考えれば、社会貢献できるシーンもあるんだなとか、自分もロンドンという複雑な社会環境の都市に住んでいるんだし、何か出来ることは無いかなとか、いろいろと考えてしまいました。

他にもインスピレーションになるような記事がずらり―スパルタスロン特集

スパルタスロン、あのアテネからスパルタまでの246キロのウルトラマラソンで、僕の憧れのレースのひとつです。

スパルタスロン: レジェンドのレース

今号では10ページほど割いて、歴史から教えてくれます。246キロのレースであること、1982年に始まったこと、Royal Air Force(英国空軍)の将校が叙事詩上のこのマラソンが実際に可能なのかどうかを試したことから始まったことなど。僕はどれも知りませんでした。

記事の中には、各地のロングディスタンスランナーの歴史もあわせて紹介されています。当然、日本の飛脚についても「In 17th century Japan the hikyaku, trusted messengers of the Shogunal governments, would run 80 miles a day in a loincloth and straw sandals in order to link up Ezo (蝦夷)to Nagasaki」と記載されています。

Original runners of Spartathlon

話をすこしだけ紹介すると、飛行隊長だったジョン・フォーデンなる人物が1976年、ちょうど彼の50歳の誕生日に初めてマラソンを走ったことをきっかけに、「マラソンはそもそもいつ始まったのか」と調べるところからスパルタスロンのアイデアが始まったそうです。

RAFロイヤルエアフォースの旗を持ったスパルタスロンのオリジナルランナーズ(創始者たち)

ここからが面白いのですが、ジョンが調べたところ、我々が聞かされたマラソンの起源は実は記録と異なるということ。

我々が聞かされて、世に信じられているマラソンの起源は、紀元前490年にフィリピデス(またはファイデピデス、記録は曖昧)が、ペルシャ軍を撃退したことを伝えるためにマラソンという町からアテネまで伝令として25マイルを駆け抜けて息絶えたというものです。

でも実際はそうではなくて、古代ギリシャの歴史家ヘロドトス(紀元前425年没)の記述によれば、「フィリピデスはプロの伝令、職業飛脚だった」、「ペルシャ軍に圧倒されたアテネが助けを求めるためにアテネからスパルタまでの240キロを走った(マラソンからアテネまでの40キロではなっかった)」、「240キロを1日半で走った」、「時期は晩夏、初秋だった」というもの。

こんなの可能なのか、叙事詩上、あるいは神話上の創作ではないのかという疑問に答えるには、自分たちで走ってみるしかないというのがこのレースの始まり。以降、正式なレースとしては周知のとおり1983年から毎年開催されています。

これ以外にも面白そうなレースの紹介などいろいろ。

購読方法

オンラインですべて完了。送付先にはJapanも選べるようになっているので、配送してくれるはずです。

Like the Wind

季刊なので年間4冊しか届かないのが残念ですが、一冊あたりの内容が充実していて、写真も文章も何度も見返すということに耐える内容。

なお、僕は今回はためしで購読したので1冊のみで買いましたが、そういうこともできます。一冊あたり9ポンド(送料別)、内容対比では安いと思います。